EPISODE:19 どっちがいい? 組織orチームどっち?
- pasonan
- 2025年9月21日
- 読了時間: 6分
🪑 Scene1:カウンターでの疑問
オレ「イエス様、ちょっと聞いてほしい」
イエス様「うん、話してごらん」
オレ「最近、教会で椅子並べとか、会場設営とか、ちょこちょこ頼まれる。
別に嫌じゃないけど、“やらなきゃ”って空気がちょっと重い。
信仰って、そういう“言われて動く”感じから始まるの?」
イエス様「おまえが感じてるのは、“誰かのために動く信仰”だよ。
それが悪いわけじゃない。でも、心が置いてけぼりになると、苦しくなる。
やりたいって思えない時に、無理して動くのは、しんどいよな」
オレ「うん」
イエス様「信仰は、やらされるもんじゃない。
『人にではなく、主に対してするように、心から行いなさい』(コロサイ3:23)ってあるだろ。
おまえが“ともにいたい”って思った時に、自然に動き出すものなんだ。
その気持ち、大事にしていい。焦らなくていい。
おまえのペースで、ちゃんと届いてる」
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🎸 Scene2:バンドのたとえ
イエス様「始まったのは、組織じゃない。チームなんだ。
それぞれが違う役割を持ってるけど、目的は一つ」
オレ「チームか」
イエス様「バンドみたいなものだよ。
ギターもベースもキーボードもボーカルも、全部違う音。
でも、同じ曲を奏でてる」
オレ「それ、めっちゃしっくりくる。オレ、ドラム。叩ける」
イエス様「そうだ。おまえのビートが鳴ると、みんな動き出す。
でも、ギターの叫びがなきゃ、心が動かない。
ベースの深みがなきゃ、支えられない。
キーボードの余白がなきゃ、祈りが広がらない。
ボーカルの声がなきゃ、届かない。
全部が重なって初めて、曲になる。
おまえのビートが欠けても、響かない。
でも、他の音が欠けても、同じなんだ」
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🎶 Scene3:パート別語り
- 🎸 ギター:「ギターが鳴ると、色がつく。
叫びも涙も、信仰の感情が音になる。
その音が、心を揺らす」
- 🎸 ベース:「ベースが響くと、深みが生まれる。
静かに支える音が、信仰の土台になる。
みんなの音を、下から包む」
- 🎹 キーボード:「キーボードが入ると、空間が広がる。
祈りの余白や優しさのコードが、信仰に彩りを加える。
静かな希望が、そこにある」
- 🎤 ボーカル:「ボーカルが歌うと、言葉が届く。
震えてても、裏返っても、それがリアルな告白になる。
信仰の声が、誰かの心に届く」
イエス様「『もし一つの部分が苦しめば、すべての部分がともに苦しみ、
もし一つの部分が尊ばれれば、すべての部分がともに喜ぶのです』(1コリント12:26)
どの音が欠けても、曲は完成しない。
おまえのビートが欠けたら、全体が走れなくなる。
だから、必要なんだ」
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🧍♂️ Scene4:12弟子と“体”の話
イエス様「12弟子もチームだった。
漁師、徴税人、熱心党、疑い深い奴──みんなバラバラだったけど、一緒にいた。
それが“教会”の始まりだった」
オレ「…オレも、そうかもしれない。
漁師みたいに、現場主義で。
徴税人みたいに、計算ばっかして。
熱心党みたいに、急に正義感で突っ走って。
疑い深い人みたいに、すぐ迷う。
オレの中、バラバラ。でも…」
イエス様「でも、おまえは、ここにいる。
整ってなくても、ちゃんと響いてる」
オレ「それがチームだね。
整ってるからじゃなくて、一緒にいてくれるから、チームになる」
イエス様「『体は一つでも、多くの部分がある。
そして、すべての部分が一つの体を形づくっている』(1コリント12:12)
『からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです』(1コリント12:22)
教会は“体”なんだ。
バラバラな部分がつながって、一つになる。
おまえの中の矛盾も、ちゃんと響き合う。
それが、信仰のリアルなんだ」
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🫂 Scene5:チームの味
オレ「じゃあ、チームって“整った人が集まる場所”じゃないんだね」
イエス様「違う。“バラバラでも一緒にいる場所”なんだ」
オレ「クセがあっても、音がズレても、信仰は鳴る」
イエス様「おまえのビートは、おまえにしか出せない。それが必要。
『神は、御心のままに、各部分を体に置かれたのです』(1コリント12:18)
だから、遠慮しなくていい。そのままで、ちゃんと響いてる」
(湯気の向こうで、イエス様が微笑む)
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🍜 Scene6:最高のチームになるには?
オレ「イエス様、オレたちが“チーム”って言うなら──
最高のチームになるには、何が必要なんだろう」
イエス様「まず、おまえが“自分のビート”を刻むこと。
遠慮せず、飾らず、ちゃんと鳴らす。それがないと、誰も重ねられない」
オレ「でも、ズレたり、変なビートになったらどうする?」
イエス様「ズレてもいい。変でもいい。
『からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです』(1コリント12:22)
弱く見えるビートほど、チームには必要なんだ」
オレ「じゃあ、他の人の音も聴くってことだね」
イエス様「そう。聴くこと。合わせること。
でも、合わせすぎて“自分のビート”を消さないこと。
『互いに敬意をもって仕え合いなさい』(ガラテヤ5:13)ってあるだろ。
響き合うには、敬意がいる」
オレ「…それ、バンドだね。
自分のビートを出して、他の音を聴いて、同じ曲を奏でる」
イエス様「そう。最高のチームってのは、“完璧”じゃなくて、“聖霊に共鳴してる”チームなんだ。
ギターの音も、ベースの音も、キーボードの音も、ボーカルの音も──そして、おまえのビート。
その全部が重なったとき、曲になる。
オレは、おまえとともにいる」
(場面はカウンターに戻る)
オレ「…イエス様、オレ、まだ音がズレるかもしれない」
イエス様「ズレてもいい。でも、鳴らすことはやめるなよ」
オレ「うん。…あ、ラーメン、来たね」
(湯気が立ちのぼる)
イエス様「このラーメン、今日のチーム構成に似てるな」
オレ「え、どういうこと?」
イエス様「チャーシューがギター、メンマがベース、ネギがキーボード、卵がボーカル──で、スープが聖霊」
オレ「じゃあ、オレは…?」
イエス様「麺だよ。全部をつなげて、リズム刻むやつ」
オレ「…それ、ちょっと嬉しい」
イエス様「でも、のびたら台無しだからな。タイミング命だぞ」
オレ「いや、急にラーメン職人みたいなこと言うじゃない」
イエス様「信仰もラーメンも、熱いうちに鳴らすんだよ」
(ふたり、笑いながら麺をすする)
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📝 筆者の言葉
信仰を始めたばかりの頃、何をすればいいのか分からなかった。
誰かの役に立ちたいと思って動いていたけど、心がついてこないこともあった。
「ちゃんとやらなきゃ」と思うほど、苦しくなった。
でも、イエス様は言った。
信仰は、やらされるものじゃない。
誰かのために動く前に、まず「ともにいたい」と思うことが大事だと。
その言葉に救われた。
自分のペースで、自分の気持ちで、信仰は始めていいんだと思えた。
そしてもう一つ、イエス様は言った。
信仰は一人ではできない。
仲間が必要だと。
自分の存在が必要だと言ってくれる人がいること。
誰かの存在を必要だと思えること。
それが、信仰の中で一番大切なことだと思う。
仲間がいないと、オレは何もできない。
でも、仲間がいるなら、信仰は続けられる。
今、仲間を探しています。




