Episode06 トイレ掃除やっていいっすか?〜祝福はネギチャーシュー大盛り?〜
- IS AX
- 2025年9月6日
- 読了時間: 3分
🧼導入
礼拝堂に沈黙が流れる。
「誰か、トイレ掃除お願いできますか?」
誰も動かない。目をそらす。空気が重い。
見回すと、みんな礼拝の体裁ばかり気にして、雑用には手を出さない。
そこで俺は手を挙げた!
「オレがトイレ掃除していいっすか?やりたいっす!」
空気が割れた。神が笑った気がした。
そして、礼拝が始まった。
既存教会って、空気や形式ばかり気にして、本当の奉仕が軽んじられてる。
でも、誰もやりたがらないことに、自分の意思で飛び込む。それこそ本当の奉仕だ。
そして祝福は——ネギチャーシュー大盛り…かもしれない。
---
🍜Scene1:沈黙の雑用
俺は思った。「誰もやりたがらないなら、オレがやるしかない」
その瞬間、空気がパッと変わった。
誰もやりたがらないことを、自分からやると、場が明るくなる。
それは雑用じゃない。奉仕だ。
---
🍜Scene2:奉仕の逆転
教会には、表彰される奉仕や“花形ポジション”ばかり評価する空気がある。
でも、誰も見ていないところで掃除してる人の方が、神に近い。
見られる奉仕は周りから評価される。
でも、誰も見ていないところで心をこめてやる奉仕は、神だけが知ってくれる。
それが本物だ。
> 「あなたがたのうちで偉くなりたいと思う者は、皆に仕える者になりなさい。」
— マタイ20:26(新改訳)
---
🍜Scene3:空気を破る者
“新人はまずトイレ掃除”って言われたとき、正直ムカついた。
“下っ端扱いかよ”って思った。
でも、自分でやると決めた瞬間、自由になった気がした。
やらされるんじゃなく、自分からやる。それが本物だ。
俺は思った。
「奉仕って言われてやるものじゃない。気がついてやるもの。
誰がやっても構わないけど、オレがやる。そう、オレがやりたい」
> 「人に見られようとしてするのではなく、神に仕えるように心から仕えなさい。」
— エペソ6:6(新改訳)
---
🍜Scene4:奉仕のラーメン(落とし)
奉仕を終えた後のラーメンは、ほんとにうまい。
ネギチャーシュー大盛りくらいの満足感がある(笑)。
でも、ラーメンのためにやるんじゃない。
心からやるから、満足感が倍になるんだ。
そして俺は決めた――
「来週から、言われる前にトイレ掃除しよ」
---
🧠筆者の言葉
奉仕は「やらされる」ものじゃない。「やりたい」と思ってするもの
だ。
けれど多くの既存教会では、新米クリスチャンは雑用係。それは本来の主の教えとズレている。
AXISでは、みんなのために自分から喜んで奉仕したい。誰もやりたがらないことに飛び込む自由と気持ちよさを、俺は知っている。
一見「損」に思えることを選んだ人が、実は一番「得」を受け取る――これが本当の「損して得取れ」だ。
そして、その心にはネギチャーシュー大盛りのご褒美までついてる気がする(笑)。
奉仕を「やらされる」んじゃなくて「やりたい」と思ってできる場所。
そんな思いに少しでも共感したなら、ぜひ気軽に声をかけてください。お問い合わせはこちら





